わたしは若い舟だつた。
あの賑やかな舟おろし、
五色の旗にかざられて、
はじめて海にのぞむとき、
限り知られぬ波たちは、
みんな一度にひれ伏した。
わたしは強い舟だつた。
嵐も波も渦潮も、
荒れれば勇む舟だつた。
銀の魚を山と積み、
しらしら明けに戻るときや、
勝つた戰士のやうだつた。
わたしも今は年老いて、
瀬戸ののどかな渡し舟。
岸の藁屋の向日葵の、
まはるあひだをうつうつと、
眠りながらもなつかしい、
むかしの夢をくりかへす。
(舟の唄:金子みすゞ)
『金子みすゞ全集』
(JULA出版局)より
舟の一生を思いやって書いています。
舟も人間と一緒なんだなあと感じます。
若い時と年老いた時の表現が見事です。
鈴木 澪
海を知り舟を知るみすゞさんならではのうた。
舟の存在は日常的あるだけに、
人物化している詩は多いですね。
これは舟の一生。
このうたは数少ない男声のレパートリーになっています。
でも、ひょっとしてこの舟は女性でしょうか。
大西 進